Maru's Blog

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Kaemaru's Blog

行動力に欠ける吃音者。それでも頑張って美人時計に出ました。そんな人が書くブログ。

2017.4.25 1

吃音を隠すこと


吃音をカミングアウトすること


どちらがいいのでしょうか。


私は、両者を実践しています。


でも、結局隠しても吃音ってばれちゃうんだよね?

わからないけど…。。


今の職場には「私には吃音があります」

と伝えた。
しかし、周りは気にしている?気にしていない?それすらわからない。
そもそも、私の吃音は軽度?中度?重度?
それもわからない。


今、転職を考えているけれど「吃音」が邪魔で前に踏み出せない。
「吃音」を理由に転職をせずに、いまあるところに留まっているのだ。

もし、もし…吃音がなかったらどんな生活をしているのだろうか。
わからない。

でも、もっと行動的だった?どうだろう。。うーん。考える。









でも…。私が吃音になり始めたのは小学校4年生の頃。
これより前はそんなにアクティブだったのか?

いや、違う。人の目を気にしながら、おとなしい、すぐ泣いてしまう

そんな子どもだった。


吃音ではなかったけど、内気な子どもだった。


ってことは、今、もしも吃音が治ったとしてもアクティブな性格にはならないだろう。



本当は甘えたい。そんなことを子どもの頃から思っているのだ。
でも甘え方がイマイチよくわからない^^;





きっと、吃音が治っても私の性格は変わらないだろう。
吃音が治っても、転職活動を踏みとどまるだろう。
吃音=転職不能なんていうのは自分の主観でしかないのだ。


「人にどう思われているのか」ということばかり気にして、本当の自分が発揮できていない。
それと同時に、この間ある人に言われたけれど
『全部内に秘めてしまいそう。人間は意外と温かい。もっと相談してもいいんだよ。』という声をかけてもらった。
本当にそのとおり。


誰が完璧でいないといけない。なんて言ったんだろうか。


完璧じゃない方が人間は魅力的じゃないか。できない子の方がかわいい。とよく言うものね。


完璧を求めちゃう自分が嫌だ。



ここまで気づけたから成長できたのかな。
吃音は治さなくても良い。
吃音を使い、上手く人に甘えよう。
「自分は話せるぞ。任せて。」なんていう態度を取らなくてもいいんだ。

そういうのに憧れていた。「私が言うから!」といった正義感の持ち主に。

でも、私はそういうことをする必要がないのだ。
それが運命なのだ。
できないことはできない。

そういうことを受け入れられたら、吃音を克服できたことになるのかもしれない。


賛否両論あるとは思うけど、不完全な自分を愛し、吃音をもかわいく思える自分になれたら幸せ度が高まるよね^^

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